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ダーウィンの日記1834年12月10日から17日 [ダーウィンの日記(II)]

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ダーウィンの日記(チョノス群島へ南下)

[日記仮訳]

(1834年12月)10日[12月9日付けの記事はなく、10日の分から始まります]

ヨール艇とホゥェール・ボートが、サリヴァン氏[士官]とともに、彼等の分担する測量を続行するために出発した。そして翌日(11日)、私たちの方はビーグル号でサン・ペドロ島[注]を離れた。
[注] チロエ島最南端に接する島。

13日

13日に私たちはウァイテカス[注]あるいはチョノス群島の南部にある開口部に入り[注]、やがて良い停泊地を見つけた[*注]
[注] 原文は"Guyatecas"であるが、これは現在使われる綴りでは "Guaitecas" のことであろう。フィッツロイ艦長は"Huaytecas"としているが、これは先住民の言葉をスペイン語綴りにする時、"Gu-"の部分が"Hu-"とも綴られることに起因する別綴り。
[*注] この停泊地をフィッツロイ艦長はバジェナル泊地(Vallenar road)と呼んでいる。下の地図参照。


14日

私たちがこの避難所に到達したのは幸運である。というのは、いまやティエラ・デル・フエゴの嵐そのものがそのいつもの様子で怒り狂っているからだ。白い密集した雲が暗い青空に対して積み重なり、それを横切って黒いちぎれた水蒸気の幕が急速に飛ばされていく。 山脈の連なりが薄暗い影のように現れて、それはとても険悪でもあり荘厳でもある情景であった。

日没の太陽が森林地に黄色の閃光を投げかけ、それは人の顔の上へのワイン・スピリッツの炎のようであった。 水面は空中にあがる飛沫で白く、風は止んだと思えばまた索具を通って咆哮していた。 この疾風はその特徴において完全であった。

明るい虹への飛沫の効果の持つ影響に気付いて面白かった。半円に近づく代わりに、輪はほぼ完全であった。それはプリズムの効果による色たちが水面を船尾に向かって両側で運ばれるので、ゆえに円を形作るのであった。

15日から17日

天候は相変わらず悪かった。 私にとってはそれが問題というわけではなかった。というのはこの辺一帯の陸地はほとんど通り抜けられないものであるからだ。 海岸は岩だらけで、凸凹で、進もうと努めればよじ上るということがやむ事がない。森はと言えば、その事についてはもう十分語っておいた。私はその事を水に流して忘れるということはないだろう。顔も手も脛骨も、これら全てが、私がその禁断の奥まった場所を単に通り抜けようとしたことによりいかなる迫害を受けたかを証言するわけである。

[地図] 12月13日から17日までの停泊地("Vallenar road")の目安の位置..

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地図表示におけるマップポインターについての一般的注意(2009年9月27日に付記): 緑色のマップポインターが筆者(ブログ作成者)の意図する地点を指しているものです。
このブログを書いている段階ではもともとは"A"の印を持つマップポインターを筆者(ブログ作成者)の意図する地点を表示するために使用しておりました。その後2009年半ば近くになりGoogle Mapsのソフトウェアの仕様が変化して、 自動的に"A"と表示されるマップポインターがその図において代表的な地点(ブログ作成者の意図とは無関係)を示すものとして付加されるものとなり、筆者が意図する地点は緑色のマップポインターが示しているという形に自動的に変わっております。この場合"A"の地点は一般には記事とは無関係なものとなっております。(ただし、たまたま"A"の地点と筆者の意図する地点がほぼ一致しているという場合もあります。)
ブログ記事アーカイヴにおいて気の付く限りマップポインターへの言及を現在修正しつつあります。まだ全てには手が回りかねますので、過去記事をお読みいただくときは地図表示のマップポインターに留意されたく思います。念のために繰り返しますと、まれに"A"のマップポインターがたまたま意図するものに一致する場合もありますが、原則としてのマップポインターが筆者の意図するものです。


[天候]1834年12月16日正午の天候:
南西の風、風力5、青空、雲、スコール、驟雨、雹(ひょう)、気温摂氏10度、水温摂氏11.4度。

[日記原文]
10th The Yawl & Whale-boat, with Mr Sulivan, started to continue their survey: & the next day (11th) we left S. Pedro in the Beagle. —

13th On the 13th we ran into an opening in the Southern part of the Guyatecas[sic] or Chonos Archipelago & soon found a good harbor. —

14th It is fortunate we reached this shelter. For now a real storm of T. del Fuego is raging with its wonted fury. White massive clouds were piled up against a dark blue sky & across them black ragged sheets of vapor were rapidly driven. The successive ranges of mountains appeared like dim shadows; it was a most ominous, sublime scene. — The setting sun cast on the woodland a yellow gleam, much like the flame of spirits of wine on a man's countenance. The water was white with the flying spray; & the wind lulled & roared again through the rigging: the gale in all its features was complete. It was curious to notice the effect which the spray had on a bright rain-bow; instead of approaching to a semicircle, the ring was nearly complete, for the prismatic colors were carried on the surface of the water on both sides to the Ships stern; & hence formed a circle.

15th–17th The weather continued bad; to me it did not much signify, because the land in all these islands is next thing to impassable; the coast is rugged & so very uneven that it is one never ceasing climb to attempt to pass that way; as for the woods, I have said enough about them; I shall never forget or forgive them; my face, hands, shin-bones all bear witness what maltreatment I have received in simply trying to penetrate into their forbidden recesses. —

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["ダーウィンの日記(II)"について]
ここで扱っているのはダーウィンがビーグル号で航海に出ている時期の日記です。訳文は私的な研究目的に供するだけの仮のものです。普通は全文を訳します。また、ダーウィンが日記を書いた当時の世界観を出来るだけそのままにして読む事を念頭に置きますので、若干の用語の注釈を除いては、現代的観点からの注釈は控え気味にしてあります。
[日記原典] Charles Darwin's Beagle Diary ed. by R.D.Keynes, Cambridge U.P., 1988.

ダーウィンの日記の1831年10月24日から1832年9月14日までの分はアーカイヴ的に"ダーウィンの日記(I)"として何日分かずつまとめて次のところにあります..
http://saltyfumi.blog.so-net.ne.jp/ (トップページ;すなわち1832年9月14日分)
http://saltyfumi.blog.so-net.ne.jp/1831--12-16_0 (日記の冒頭部;前書き)

バナーの画像はビーグル号の人たちの1835年の測量で作成されたガラパゴス諸島の海図の一部

冒頭画像の出典:http://www.panoramio.com/photo/9273936

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アマデウス

海図ありがとうございました。
現在のPanama、ColombiaそしてEcuadorとVenezuelaの一部が
組み入れられ1930年に成立した共和国である”New Granada”と記載されていたり,Darwin研究所のあるSanta Cruz Is.(1832年エクアドル政府が命名)がIndefatigable Is.と記載あったりで大変興味深く拝見しました。
by アマデウス (2009-04-02 06:37) 

さとふみ

今のアルゼンチン、パラグアイ一帯は、"ラ プラタ" となってますね。ウルグアイの名はありますが、"バンダ オリエンタル"が併記されている。
by さとふみ (2009-04-02 07:56) 

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