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ダーウィンの日記1834年12月8日 [ダーウィンの日記(II)]

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ダーウィンの日記(チロエ; サン・ペドロ島)

[日記仮訳]

(1834年12月)8日

フィッツロイ艦長を伴った一隊がサン・ペドロの最高地点の山頂に登る事を試みた。 ここの森は北部のとは異なった様子をしている。あちらでは落葉性の木の比率がかなり高いのである[注]。 岩はまた粗い雲母の板であり、岸辺というものはなく、岡の急峻な側面が直接海に切れ落ちている。全体の外見は結果としてチロエのというよりティエラ・デル・フエゴのものである。
[注] サン・ペドロ島の南東部については下の画像1、山の北面(日の当たる方)の写真は下の画像2参照。

私たちは頂上にたどり着く努力はしたのだが到達しなかった。森がとても込み入っていて、それを見た事のない者には、こんなにも複雑な朽ちたり枯れつつある幹の集合体を想像できまい。 自分らの足が地面から10から20フィートも高い所にあるまま15分間も全くそこにつかないということがしばしばあった。他の場合には、キツネのように、次から次と、朽ちた幹の下を手と膝を使いながら這って進んだ。

丘の低い部分には堂々としたウィンタース・バーク[注]やサッサフラスのような芳香性の葉をつけたクスノキ、そしてその他の私が名前を知らない木々が、タケあるいはトウの側(そば)一面に生い茂っていた。
[注] シキミモドキ科の一種。下の画像3参照。

ここでは私らの一隊は他のどんな動物よりも網の中でもがく魚にいっそう似ていた。

より高い所では灌木が高い木に取って代わり、あちらこちらにヒノキやアレルセ[注]があった。 私はまた前からなじみのティエラ・デル・フエゴにあったブナのファグス・アンタークティクス[*注]を見つけてとても興味を引かれた。それらは貧弱な発育不良な木々で、高さは1000フィートより低い所にあった。その外見から見て、これはそのほぼ北限なのに違いないと理解すべきだろう。
[注] ここでヒノキとしたものの原文は"red Cypress"。他方、アレルセの原文は"Alerce"。これは現地での名で、後にFitzroya cupressoidesと命名された種。いずれにしてもヒノキ科。
[*注] 原文"Fagus antarcticus"。


結局私たちは失意のうちに登高をあきらめた。

[地図] サン・ペドロ島..

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[画像1] サンペドロ島南東部..
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出典: http://www.panoramio.com/photo/481075


[画像2] サンペドロ島の峰(これは日の当たる北面で、ダーウィンたちが登高を試みたのとは反対側)..
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画像出典:http://www.panoramio.com/photo/8122586


[画像3] Winter's Bark..
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encyclopaedia britannica


[日記原文]
8th
A party with Capt FitzRoy tried to reach the summit of San Pedro, the highest part of the islands. — The woods here have a different aspect from those in the North, there is a much larger proportion of trees with deciduous leaves. — the rock also being primitive Micaceous slate, there is no beach, but the steep sides of the hills dip directly down into the sea; the whole appearance is in consequence much more that of T. del Fuego than of Chiloe. —
In vain we tried to gain the summit; the wood is so intricate that a person who has never seen it will not be able to imagine such a confused mass of dead & dying trunks. — I am sure oftentimes for quarter of an hour our feet never touched the ground, being generally from 10 to 20 feet above it; at other times, like foxes, one after the other we crept on our hands & knees under the rotten trunks. In the lower parts of the hills, noble trees of Winters bark, & the Laurus sassafras (?) with fragrant leaves, & others the names of which I do not know, were matted together by Bamboos or Canes. — Here our party were more like fish struggling in a net than any other animal. — On the higher parts brushwood took the place of larger trees, with here & there a red Cypress or an Alerce. — I was also much interested by finding our old friend the T. del F. Beech, Fagus antarcticus; they were poor stunted little trees, & at an elevation of little less than a thousand feet. — This must be, I should apprehend from their appearance, nearly their Northern limit. — We ultimately gave up the ascent in despair. —

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["ダーウィンの日記(II)"について]
ここで扱っているのはダーウィンがビーグル号で航海に出ている時期の日記です。訳文は私的な研究目的に供するだけの仮のものです。普通は全文を訳します。また、ダーウィンが日記を書いた当時の世界観を出来るだけそのままにして読む事を念頭に置きますので、若干の用語の注釈を除いては、現代的観点からの注釈は控え気味にしてあります。
[日記原典] Charles Darwin's Beagle Diary ed. by R.D.Keynes, Cambridge U.P., 1988.

ダーウィンの日記の1831年10月24日から1832年9月14日までの分はアーカイヴ的に"ダーウィンの日記(I)"として何日分かずつまとめて次のところにあります..
http://saltyfumi.blog.so-net.ne.jp/ (トップページ;すなわち1832年9月14日分)
http://saltyfumi.blog.so-net.ne.jp/1831--12-16_0 (日記の冒頭部;前書き)

バナーの画像はビーグル号の人たちの1835年の測量で作成されたガラパゴス諸島の海図の一部


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コメント 2

アマデウス

バナーの画像はガラパゴス諸島の海図の一部なのですね。
Capt. FitzRoy の作成した海図は非常に詳細で第二次世界大戦頃まで
使用されていたとなにかの本で読んだことがあります。

by アマデウス (2009-04-01 06:46) 

さとふみ

次のページの画像が海図です。一部にガラパゴス諸島のものが含まれています..
http://farm4.static.flickr.com/3639/3320289707_8d1bc445b9_o.jpg
by さとふみ (2009-04-01 10:28) 

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